小学校生活もあっという間に
過ぎていき
小学校生活ではいろいろな
思い出ができたけど
小学校高学年になって
やっと
「おねしょ」
をしなくなった。
それまでは
布団の上に、立派な世界地図
をおねしょで書いていたのだ。
妹も弟もおねしょはしなかったのに
僕は
「おねしょマスター」
である。
これは努力でどうにかできるものでは
なかったため
成長していく過程で
おねしょから卒業するのを待つしかなかった。
おねしょついでに書くが、
僕は小学校まで遠かったのもあって
大の方もトイレに間に合わないことが
度々あって
公衆トイレなんてものは途中にないから
茂みに入って
「野グソ」
をしたのだ。
もちろん、トイレットペーパーはないし
母親が気を利かして
「帰りに野グソしとうなったら、ちり紙で拭かんね」
と言ってポケットティッシュを
持たせたりはしなかった。
なので、大きい葉っぱをちぎって
それを少し揉んで
拭くしかなかったのだ。
葉っぱなので
吹き残しや葉っぱが破れて
ウンコが手についたこともある。
最悪、茂みに到達する前に
ウンコを漏らしたこともある。
ウンコ漏らしたことがある人は
わかると思うが
あれは惨めだ。
しかも強烈に匂う。
ウンコのついたパンツを洗濯カゴに
入れたのが匂いでバレて
母親に怒られるし
惨め極まりない。
幸いにも、学校でオシッコ漏らしたり
ウンコ漏らしたりはしなかったので
それは良かったのだが。
もし、ウンコ漏らしたりしたら
次の日からのあだ名は
「ウンコマン」
である。
どうせ呼ばれるなら
「ミスターウンコ」
の方がジェントルマンっぽいかな。
イヤイヤイヤ
ジェントルマンはウンコ漏らしたり
しないって。
思い出でもう1つ
忘れられないのは
遠足に行って
昼の弁当を食べる時間になって
みんなは友達と一緒に食べて
いる中で
内気な僕は
クラスメートに
一緒に弁当食べようと
声をかけることができずに
ひとりポツンと弁当を食べていた。
みんな友達と一緒に
弁当食べていいなぁ。
と、周りを気にしながら食べていると
突然、石が飛んできた。
割と大きめ
例えるなら
新品の消しゴム並みの大きさである。
石が飛んできた方を見ると
上級生と思しき二人組が
僕の方を見てニヤニヤしている。
内気な僕は
何も抵抗できず
ただ黙って弁当を食べるしかなかった。
グループになって遊んだりするときは
僕は自分から輪に入っていけない子で
あからさまに
仲間外れにされたりもした。
楽しい思い出もたくさんあったはずなのに
どういうわけか
ネガティブな体験した時の方が
思い出しやすいのである。
これはきっと
脳の仕組みに関係があるのかもしれない。
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